月島基。
月島軍曹の名前を知りたいと幾度も呟いていたけれど、知り得てもこの名前はあの子意外呼んではいけない気がしました。少なくとも私は二次創作で、えご草のあの子以外に“基”とは呼ばせることはできないですね。
父親殺し
形は違えど尾形と同じ父親殺し。稲妻夫婦の子に「生粋の凶悪な殺人者でしょう」と言ったあの一言に何が含まれていたのか誰がこんな形で回収されると想像したでしょう。人殺しの子は人殺しなのだと呪いのように囚われているのかもしれません。ただ、唯一の理解者であった“あの子”を失った悲しみと憎しみが着火剤であったというのは、尾形とは全く異なる人間らしさですね。どちらかといえば谷垣が妹を失った時に似ています。激昂せず淡々と殺してしまうのが軍曹ですが。
鶴居中尉が月島軍曹や尾形に目をつけたのは有能であることと「孤独者」であることがキーになっているのか…?物理的に孤独に仕向けているようにも見えますが、実際に命を救ったのも鶴見中尉なので悪役とも言いきれないのですよね。
好物について
前にも呟きましたが、映画にはフード理論というものがあります。物語における善・正体不明・悪というのが、フードの扱いによってわかるというものです。映画のオマージュだらけで、食が重要な意味をもつ金カムの作者である野田先生が知らないはずはないです。
- 善人は、フードを美味しそうに食べる。
- 正体不明者は、フードを食べない。
- 悪人は、フードを粗末に扱う。
「いただきます」「ヒンナ」が言える杉リパ白に牛山先生はおそらく1ですね。善人かはともかく。
キロランケは直接的な食事シーンはあるようで、よく見ると極端に少ないです。なんこ鍋は吐き出してましたね。なので、正体不明者として描かれていたと思います。
あんこう鍋回でザワッとしたのが殺鼠剤。3に当てはまってしまいます。そうなのか…そうなのか尾形!
フード理論の前置きが長くなりましたが、私は、フードそのものは”心”のメタファーではないかと思っています。
杉元、尾形、月島軍曹、おそらくは浩平や谷垣も、心が死んだもの=故郷の好物が食べられないという描き方をされてるのではないでしょうか。杉元がアシリパさんのおかげで好物が増えたというのは、相棒によって心を取り戻しつつあるということなのだと思います。谷垣は、二瓶と共に熊の心臓を食べたあのシーンが、新たな心を得た瞬間だったのではないかと思います。谷垣は二瓶の「好物=大事な心」を口にしたのです。
また、囚人たちは自由な魂のような象徴として描かれていると思います。囚人と魂の会話をし、好物が増えた時に、月島軍曹や尾形も心を取り戻せるのかもしれません。もし死を迎えるとしても、心が死んだままではなく、取り戻した心を煌めかせて欲しいです。
実際に、尾形は「ヒンナ」は言いませんがアシリパさんに手ずからフードを受け取っています。態度が非常にわかりにくいので疑わしいですが、もし「フード=心」だったとしたら尾形も徐々に心を受け取りつつあるのかもしれません。
月島軍曹は子守と言っていましたが、もしかするとこれから先、未熟と思っていた鯉登少尉から何かを受け取るのかもしれませんね。というか受け取って欲しいです。
元死刑囚
これで月島軍曹が和田大尉を即殺せたのに納得がいきました。元々死刑囚で、生きる理由であったあの子を失ってるんですから、今更死刑になろうが何も問題ないということだったんですね。鶴見中尉の嘘を受けてどうして従うようになったのかはわかりませんが、いつ死のうが元々死ぬ予定だった時期が遅れただけだとは絶対に思っていそうです。
鶴見中尉撃ったのが月島軍曹な気がしてきました…。
野田先生か編集さんの手腕かはわかりませんが、何をどうしたらこんな構成が組めるのか震えるばかりです。